ロータリアンの広場


「人種差別との戦い 3」

2680地区 PDG 田中 毅(尼崎西)
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2680地区 PDG 田中 毅

 第二次世界大戦時の、東南アジアにおけるイギリス、アメリカ、オランダの植民地において、日本が連戦連勝したのは、日本軍がアジアを支配するために、原住民を侵略したのではなく、アジア諸民族を、欧米の帝国主義から解放して独立に導くためだったので、現地の人々の協力を得られたからです。

 日本は植民地となっていた人々に教育を施し、軍事訓練を行い、独立の手助けを行いました。

 日本軍に支援されて、インド国民軍総司令官となったチャンドラ・ボースは、「日本はアジアの希望の星」と語り、日本に深く感謝しました。マレーシアもシンガポールも同様でした。日本軍がマレー半島を南下して、シンガポールへ向かう途上、インド兵が次々と投降し、日本軍に協力したいと申し出て、その数は45000人を超えました。彼らを中心にインド国民軍が結成され、日本軍と協同して、ビルマからインド東北部のインパールを目指して進撃しました。日本が戦争に敗れると、イギリスはインパール作戦を戦ったインド国民軍を、反乱軍として鎮圧を試みたが、混乱は収まらず、止む無くイギリスはインドの独立を認めざるを得ませんでした。インパール作戦は、日本にとって作戦上は惨惜たる失敗に終わりましたが、インドは独立するという目的を達成しました。

 インドネシアは、日本が降伏した二日後に独立を宣言しました。日本が敗れると、オランダ軍が再び植民地にしようとして、攻撃してきました。30000人のインドネシア独立軍と、インドネシアに残留していた2000人近くの日本兵が、インドネシア人と共に独立戦争に加わりました。

 日本の敗戦後、東南アジアからインドに至るまで、大戦中に日本に協力した人々が裁判にかけられたり、処刑を受けたことは一切ありませんでした。インドネシアでも、インドでも、ミヤンマーでも、戦後、対日協力者は民族の功労者となりました。 フィリピンでも、初代のラウレル大統領、アキノ大統領の一家も、対日協力者でした。

 日本はアジアを解放することによって、アジアに恒久的な平和を確立することを願っていました。結果として、日本が大きな犠牲を払うことによって、アジアだけではなく、アフリカ諸民族が次々と、独立を獲得していきました。

 昭和天皇を元首とする日本が、白人と戦った結果として、アジア・ アフリカの諸民族が解放されて、数多くの独立国が誕生したことに感謝して、昭和天皇の崩御に当たっては、164ヶ国の元首や、代表が、全世界から弔間に訪れました。

 日本は日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦で統治する権益を得た国を、宗主国による一方的な搾取による植民地統治ではなく、国民を差別することなく、教育や、民生の向上に努めた統治を行いました。西太平洋の旧南洋諸島の島民たちは、今日でも日本を慕って、日本語を使っています。前近代的な水準にあった台湾と朝鮮においても、民生と教育の向上を図り、学校、病院、鉄道などのインフラを整備して、短期間のうちに近代国家に引き上げました。

 アジアのほとんどの国が、日本に対して好意的なのに、朝鮮と中国だけが異なった対応をしているのは解せません。朝鮮における慰安婦の問題にしても、若い女性を強引に拉致して性奴隷にしたわけではなく、本人が自らの意思によってその職業を選んだのです。中国は南京に於いて、30万人の大虐殺があったと主張しています。しかし激戦によって双方の兵士に多数の死傷者がでたことは推察されますが、当時の南京市民の数は20万人(当時の警察庁長官の公式発表)、南京陥落1ケ月後の人口は25万人であることからも、30万人という数字が虚偽であることは明白です。日本の長い歴史の中で、奴隷制度はもちろん、一般市民の大虐殺をしたことのない、数少ない国なのです。 嘘も何回も重ねると、真実のように見えてくるものです。

 何も知らない政治家が、安易に頭を下げることが、後々、大きな禍根を残すことになります。中国の胡耀邦国家主席に懇願されて、靖国参拝を取りやめた中曽根首相、日本が侵略戦争をしたと語った村山富市首相、国が無垢の娘たちを拉致して、慰安婦に仕立てたと語った河野洋平氏の責任は重大です。

(2018.05.16)

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